「荘子」を読んでいるので、ざっくりまとめます。

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こんにちは。

最近、友達とも会う回数が減ってきていて、一人でいる時間がとても多いです。

そうすると、全然しゃべらなくなるので、自分の中でぐるぐると考えを巡らせすぎて、頭がおかしくなりそうなので、ブログでアウトプットしようと思いますw

最近は、「荘子」という中国思想の本を読んでいます。

実はまだ読んでいる途中なんですが、ちょっとパンクしそうなんでブログで吐き出しますねw

思想内容なども簡単にまとめながら、考えたことを書いていきますね。

「道」に従って生きる

荘子の中には「道」という概念が頻出します。

この概念はめちゃくちゃ難しくて、説明しずらいのですが、周りが定めた基準から離れて、本来の自分の姿のまま人生を過ごそうみたいな思想内容です。

生きていると周りからの影響って受けますよね?

親から教えてもらったこととかが常識となって、なかなかその常識を脱ぎ去ることは難しくなったりします。

しかし、このような常識とかは人間が定めたもので、恣意性が介在しています。

つまり、だれかが勝手に基準を決めて、いい悪いを決めているってことですね。

この基準は無駄な争いを生みます。

争いが生まれることで、階級が生まれ、貧富の差に広がっていきます。

荘子ではこのような思想を離れ、自分と向き合い、内省を繰り返すことによって得られる「道」という概念に従うことを推奨しています。

すべてが「無」で「一」の万物斉同

また荘子では、良い悪いの基準を定めることだけではなく、モノの区別をすることも否定しています。

言葉というものは意外に曖昧なもので、「赤」といっても、人によって見え方は違います。

赤っぽい色を見せた時に、赤という人もいれば、赤ではないという人もいるってことですね。

モノの見え方、認識の仕方は全く違うので、言葉で一括りにすることを否定します。

言葉でモノを断絶的に認識するのではなく、すべてが「無」で「一」という万物斉同という考え方を提唱しています。

すべてのモノは断絶できないので、すべてが円環的に存在しているとする概念です。

荘子を読んでみた感想

超ざっくりと説明しましたが、荘子の思想は「道」と「万物斉同」がメインの思想となります。

ここからは僕の考えたことをアウトプットしていきますね。

「道」という概念について

「道」という概念は僕の解釈だと、周りの基準に振り回されるなってことだと思うんですね。

僕たちってどうしても、周りの基準で行動や発言が縛られたり、思考停止になったりってことが大いにあるじゃないですか?

「周りがそうしてるから」とか「周りが正しいと言ってるから、正しい」とか。

確かに周りの意見に合わせた方が、楽だし、非難はされないと思いますが、自分に嘘をつくことになりますね。

嘘をつき続けると、周りの基準や考え方に段々侵されていくので、自分の考えとかわからなくなると思うんですよね~。

そうすると、自分が従っていて、寄りかかっていた基準や考え方が崩壊したとき、かなり危ないですよね。

なので、何が正しくて、何が間違っているかを決めるのは本来は自分自身だと僕は思います。

特に今の時代は自分で意思決定をして、行動することは必須になってきていますよね。

テクノロジーが発達していくと、人間のやることがなくなっていきます。

そうすると、人間は自分の趣味嗜好に合わせて人生を謳歌することになります。

こういうとなんだか良い世の中になると思うかもしれませんが、一概にそうではないと思います。

人って意外に労働によって暇つぶししていることって結構あるんだと思うんですよ。特に日本人は。

だからみんな働くの好きだし、労働時間が長い。

つまり、働く以外の選択肢が人生においてないから、暇つぶしで働いてるってことです。

まあすべての人がそうではないとは思いますが、自覚はなくそういう風に働いている人は多い気がします。

そういう状況において、テクノロジーが発達して人間が働く必要がなくなると、困る人たちが出てきます。

暇で、何をやればいいかわからない。そんな状況は結構ストレスです。

暇だと人生の意味とか考えちゃうので、精神疾患が増えると思います。

という風に、テクノロジーが発達して、暇になっても不幸になる人たちも出てくると思います。

これを防ぐには、今よりかかっている周りの基準とか考え方から外れて、内省を繰り返し、自分と向き合うことが大切ですよね。

そうすれば、自分のやりたいことが何となく見つかるはずです。

まあ、とにかく行動してみるってもの大切だとは思いますが、周りの基準で人生生きちゃっている人は、まずは見つめなおすことも大切ですね。

という風に、考えてみると荘子の考え方って現代にぴったりな気がしました。

荘子の思想は性善説

あと何となく荘子を読んでいると、性善説をもとに考えている思想だなという印象を持ちました。

是非を分けずに、内省を繰り返し、「道」という存在に従って自然に生きることは確かに理想的です。

でも、もし悪い人たちが多い場合、カオスな世の中になりますよね?

荘子の思想においては、基本的に法律や規制を与えることにも否定的です。

なぜなら、それは人間が定める基準だからです。

でもそうすると、悪いことをされても泣き寝入りするしかありません。

つまり、荘子の思想は「道」に従って生きている人は悪さをしないという性善説から成り立つ思想なんですね。

まず、悪さをするという行動は、人間が定めた基準によって、欲が生まれるのが原因としているので、「道」に従って生きれば、悪さはしないという考えです。

この考え方はどうなんでしょうかね。

確かに性善説かもしれませんが、全員が全員「道」に従えたら、確かに法律や規制は必要ないかもしれませんがそんなことはないですよね~。

「万物斉同」という考えについて

次に万物斉同という考え方について。

正直、すべてが「無」とか「一」であるっていう考え方ってなんだか腑に落ちませんでしたw

感覚だけだとなんだか、理解しずらい考え方ですよね?

だって、車と飛行機って全く別物ですよね???

まあそういう話ではないとは思いますが、いまいち理解しずらい考え方です。

でも、断絶するべきではないという考え方はいいなと思います。

何がいいとか何が悪いとかって、突き詰めるとモノの区別からくるとと思うんですよね。

モノを区別するから、何が良いだの何が悪いだの議論になるわけで、区別がなければ全部一緒なわけで、いい悪い議論は生まれないですよね。

まあもともと、モノが区別されるようになったのは、コミュニケーションのためだとは思うので、一概に否定するのはよくないですが、確かにそれによって争いが生まれる気もします。

断絶による自然破壊

僕はこの区別することによる弊害の中で顕著だと思うのが、自然破壊だと思うんですよ。

地球の歴史から考えると、人間って誕生してからまだ少ししか経っていません。

そう考えると人間も生物の一種です。

でも、文字を生み出し、コミュニケーションが発達し、知識が蓄積され、科学により色んなことを認知・再構築していくと、なんだか人間と自然を断絶するようになりました。

近代がこれが著しい時代で、この時代に自己とか私有財産とか周りと断絶を促す思想が広まっていきましたよね。

まだよく調べていないのでわかりませんが、この時代に科学が発達し、産業革命などの産業が成長したのが理由だと思います。

でもこの考え方は、本来は自然の中の一部にいるはずなのに、対立構造で人間と自然を考えてしまっていますよね。

それが環境破壊につながっていると僕は思います。

人間と自然を区別してしまうから、自然がどうなってもいいと考えてしまう人たちがいるんだと思います。

でも実際、自然破壊は自分たちに返ってくるわけで、温暖化や異常気象など最近やばいですよね。

人間はしょせん自然の一部の生物なわけで、これを自覚する必要があると思います。

そんなときに「万物斉同」という考え方は相性がいいですよね。

万物斉同だと、近代はなかった

一方で、万物斉同という考え方だと、近代という時代は存在しなかった気がします。

確かに私有財産とか資本主義とかは、断絶を生み、貧富の差を広げるかもしれませんが、全体として発展するためには、これらの考え方は親和性が高かったと思います。

資本を蓄積して、産業を進めていくことは全体の利益にはなっていたはずです。

なので、近代においては万物斉同という思想は親和性が悪いといえるかもしれません。

そもそも、荘子の思想は「成長」に否定的な気がします。

なにを発展とみるかにもよりますが、少なくとも資本主義などの考え方によって、産業は成長しました。

しかし、産業革命によって全体的にみると人間社会は良くなったかもしれませんが、貧富の差は広がったし、自然は破壊されています。

でもその分、長生きできる人たちは多くなったし、飢餓で死んじゃうなんて人も少なくなりました。

荘子の思想だと、近代における成長は起きなかった気がします。

また、荘子の思想は死について輪廻転生が基準になっています。

輪廻転生とは死んでも、死んだあと何かに転生するっていう思想です。

輪廻転生の考え方ってよくかんがえると、死をある意味、肯定的に考えていますよね。

別に死んでも、また転生して生きれるから大丈夫っていう意味に僕は感じます。

そうすると、別に社会が成長して豊かになる必要はありませんね。

飢餓になったとしても、それが定めとして受け入れ、輪廻転生すればいいのだから。

でも科学が発達した近代においては、目の前に成長できる可能性があるのに、わざわざ万物斉同の思想をインストールしたいとは思いませんよね。

こう考えてみると、思想っていうのは産業や社会情勢において親和性が変わって、受け入れられる思想が変わっていく気がしますね。

そういう意味で、現代は万物斉同という考え方は親和性高いと僕は思いますけどね。

 

まあざっくりとまとめてみました。

とりあえず考えを吐き出しただけなので、文章がぐちゃぐちゃだったと思いますが、読んでくれてありがとうございましたw

まだ読み途中なので、後で追記します。