すべてのものが無料で作られる時代になったらどうする?

すべてのものが無料で作られる時代になったらどうする?

こんにちは~。

久しぶりの投稿っすね。

最近は読書にはまっているので、さぼり気味になりました。

本ってただ読んだだけだと、内容が定着しないので、ブログでちょいちょいまとめています。

今回はジェミリー・レフキンという人が書いた「限界費用ゼロ社会」という本を読みました。

限界費用がほぼゼロの社会を考える

この本ではテクノロジーが発達し、限界費用がほぼゼロになる世界のことを書いています。

限界費用とは商品が追加的に作られるときにかかる費用ですね。

今までテクノロジーは限界費用を下げ続けています。

まあこれは普通に考えればわかることで、テクノロジーによって機械やAIなどが使われると生産にかかるコストってどんどん低くなりますよね?

現実世界でも、モノの値段ってどんどん安くなっています。

この限界費用がほぼゼロになるというのは想像しにくい現実ですが、最近のテクノロジーはこの世界を実現しつつあります。

この本ではそのテクノロジーの具体例をいくつか挙げているのですが、わかりやすいものでいうと3Dプリンターですね。

3Dプリンターとはデータを入れるだけで、商品を作ってくれるものです。

例えばコップとかもデザインのデータを3Dプリンターに入れ、ボタンを押すだけ自分が欲しいコップが手に入ります。

この3Dプリンターは製造業、建築業などモノを作る産業で利用することで、限界費用をほぼゼロにすることができます。

つまり、3Dプリンターを利用すれば、コストは原材料だけになるということです。

極端に言えば、3Dプリンターが普及する世界は、モノ買う必要はなくなり、家にある3Dプリンターで作ってしまえば、手に入れることができます。

資本主義の矛盾

テクノロジーが発達し、限界費用がほぼゼロになっていくと会社という存在は存続が難しくなります。

なぜかというと、限界費用がほぼゼロになると、商品の値段も下げなければいけないので、売り上げも立たなくなります。

この話は結構面白くて、資本主義って効率的にモノを売って、規模を広げることで売り上げを上げていくのですが、それを続けていると、限界費用がゼロに近づいていくので、会社として成り立たなくなってしまいます。

つまり、会社は効率化すればするほど、滅んでいくという矛盾を抱えています。

協働型コモンズという解

限界費用ほぼゼロの社会では資本主義的なモデルではなく、協働型コモンズというモデルをこの本では提案しています。

協働型コモンズとは、あるコミュニティに所属している人が全員が生産者であり、消費者である世界です。

このコミュニティを協働型コモンズと言っています。

限界費用がほぼゼロになるということは、企業に生産を頼まなくても、自分たちで生産可能になります。

そうすると、自分たちで商品を作り、消費していく方がシステムとして便利なことが結構あります。

会社に生産を頼むと、不当に値段を吊り上げられたり、こちらが望んでいる商品を作ってくれなかったりしますね。

自分たちで生産から消費まですることによって、自分たちのコミュニティに合った商品を作ることができます。

シェアの精神

協働型コモンズではシェアの精神が大切になります。

限界費用がほぼゼロの社会とは豊かさに包まれた世界です。

生産にはお金がかからないのですから、モノが不足することはありません。

そんな社会ではみんながモノをシェアしあうことができます。

わかりやすい例でいうと、オープンソースですかね。

オープンソースはシェアの精神の体現ですよね?

自分の作ったwebサービスなどをオープンにしあうことによって、相互作用を起こし、どんどん素晴らしいサービスが生まれていっています。

資本主義においては「私有」という考え方が第一に置かれています。

なんでも自分のものとして囲っておくことで、富を築くという発想です。

会社とかはまさにそうで、他社と差別化するために、人材を独占したり、マーケットを独占したりします。

この考え方は希少性という考え方が基盤にありますね。

つまり、資源が全員分ないから、奪い合うわけです。

資源が満たされている世界であれば、シェアが考え方の基盤になるはずですね。

これからは感情を動かすモノにお金が使われる

ここから僕の感想・考え方を書いていきます。

限界費用がほぼゼロになると、モノは売れなくなるのでしょうか?

僕はそうは思いません。

確かに、モノを買うという行為は少なくなると思います。

最近でも、「ミニマリスト」というモノを持たない人たちが出てきていますね。

あとはノマドワーカーとか、家を持たずに定住をしない人とか。

でも、ブランドとかは売れ続けると思います。

購入によって感情が動かされたりするモノは売れ続けます。

例えば、コンビニに売っているモノとかってこれからは値段が下がっていきます。

別にコンビニ弁当とかには、感情動かないですよね?

逆に、レディー・ガガの私服とかって、欲しい人はめちゃくちゃほしいですよね?

でも、レディー・ガガの私服ってその服の定価よりも高く売れると思います。

つまり、モノにストーリーが乗っかってたり、ブランドが乗っかているモノはこれから売れやすくなるでしょう。

プライバシーの権利はどうなる?

この本でも言及していますが協働型コモンズを成立させるために、「IoT」という技術は非常に重要になっていきます。

IoTとはモノのインターネットと呼ばれるものです。

IoTが実現すると、モノを使った使用履歴などがインターネットに蓄積されます。

この時に問題になるのがプライバシーの問題ですね。

すべてのモノがインターネットにつながれると、自分の生活すべてがインターネットに流れてしまいます。

セキュリティ対策はされているとは思いますが、100%保証されることはないでしょう。

でも、この世界において、IoTを利用しないのとするのとでは、生活の効率が段違いになるでしょう。

なので、IoTが発達する上で「プライバシー」という考え方はかなり邪魔です。

隣国の中国は国民のプライバシーは政府が握っているので、IoTの発達が著しいです。

一方、日本では僕の感覚ではプライバシーの権利にかなりうるさい気がします。

そうなってくると、IoTの導入が難しくなってしまい、日本の発展も進みません。

だから、プライバシーの権利について考え直さないといけないと思いますが、日本の場合どうなんですかね…。

僕は日本はプライバシーの権利を主張しすぎることによってIoTの導入が遅れる気がしますが…。

例えば、IoT導入した企業の商品がウイルスまかれて、被害者が出て、規制強まるみたいなストーリーはあり得る気がしますね…。

導入する前に、考え方の革新が必要ですね。。

同調圧力が原因

日本人がプライバシーの権利を主張しがちなのって、同調圧力が強いのが原因な気がするんですよね~。

無題.jpg

http://blogs.itmedia.co.jp/narisako/2016/05/post_22.html

事実、日本はプライバシーを気にする国民性です。

これは同調圧力が強くて、自分が否定されるのが嫌だから、プライベートを隠すようになるんじゃないですかね?

別に悪いことをしている訳じゃないなら、プライバシーを公開しても問題ないですよね?

悪人が多い国ならわからなくもないですが、日本は治安いい国ですし、犯罪者が多い国ではないと思います。

となると、やっぱり否定されたくない、傷つきたくないが気持ちの根本にある気がします。

この同調圧力をどうにかするのが、IoT導入の鍵になるかもしれませんね。

限界費用ゼロ社会は結構近い

限界費用ゼロ社会って夢の世界ですよね~。

でも限界費用ゼロ社会は結構近い将来だと思っています。

色んなテクノロジーを導入する必要がありますが、一度ブレイクスルーしたら早い気がしますね~。

早くこの世界が来ないかなーと期待しております!